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Nov
14th
Sun
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孫の結婚式で、司会者が列席者の中でもっとも長く結婚生活を

送っている夫婦として、私たちを指名して、何かスピーチを、と促しました。

私は「結婚生活でもっとも大切な言葉はお互いに『あなたの言うとおり』です、

ということでしょうか」と言いました。

ついで全員の目は夫に注がれました。夫は立ってひとこと、答えました。


「彼女の言うとおりです」

pya! うまくやるコツ (via rajendra) (via pdl2h) (via kml) (via pgtwitter) (via hidetox) (via tsupo) (via nagas, pocopoko)
2009-02-11 (via gkojay) (via rosarosa) (via petapeta) (via ysformen) (via chiisanaehon) (via daccot) (via chichioya) (via gosuke)
Nov
13th
Sat
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人間には非常用電源のようなものがあって、
とてもショックなことが起こったり
つらい目にあっても
ちゃんと学校に行ったり会社に行けたりするのは その非常用電源からエネルギーが供給されているから
ではないかなと思うのです。 わたしはさいわいなことに、
いま特に、そういったショックに見舞われているわけではないのですが
どうも、非常用電源を使って
日常生活を送っているのではないかなと思うのです。
Aug
9th
Mon
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高校時代にお世話になった塾の先生の話なのですが。
先生は身長が高く体に厚みもある立派な体格の男性(推定40歳台半ば)で、
よく通る声で物凄く授業の上手い、そして、誰に対してもフレンドリーでありながら
生徒の誰とも馴れ合わない、プロ中のプロといった風情の方でした。
で、受付事務のおばさまから聞いたのですが…

以前、右翼の街宣車が塾のすぐ前の通りに陣取って演説をし、
先生のよく通る声もさすがにかき消されるほどの大騒音を立てたことがあったそうです。
受験間近の、冬の出来事だったそうです。
先生は「ちょっと失礼。あの、10分少々、プリントの長文を和訳して待ってて下さい」と言うと、
淡々とした足取りで教室を後にしたそうです。
え!? と思った当時の生徒さんがこっそり後をつけると、先生は街宣車に一直線に向かっていきます。
そして、見張りみたいなことをしていた右翼の若手(?)に、

「貴様ら! あの看板(塾の)が見えんか!
 お国の未来を背負って立つ若人が勉学に励むのを妨げるのか!!
 それが国を愛し国を憂う者のなすべきことか!!」

と声の限りに怒鳴りつけたそうです。
食って掛かる若手。生徒たちが「こりゃマズイ」「人を呼ばなきゃ」とあたふたしていると、
車の中からおっかなそうな老齢の男性が現れて、若手を制し、先生に向かって
「仰ること、まことにごもっともです。このような無様なことはもういたしません」
と頭を下げ、先生もまた
「ご理解かたじけない。」と頭を下げて手打ちに。街宣車は去っていったとのことです。

淡々と塾に戻ってくる先生を、覗き見の生徒たちが興奮して「すごいっす!!」と出迎えると、
先生は「ずいぶん和訳のスピードが上がったじゃない。頼もしいね」とニヤリと笑い、
何事もなかったように静かになった教室で授業を再開したとのことでした。

塾の先生 コピペ新聞 (via yangoku) (via no-where—now-here) (via kml) (via konishiroku) (via kyokutyo) (via toukubo)
2008-08-12 (via gkojay) (via wonderthinkanswer) (via zono) (via yaruo) (via hepton-rk)
Aug
4th
Wed
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ワタクシみたいな田舎育ち青年、20年弱の人生でも、嫌な事とか逆にうれしいこととかもたくさんあって、それでもやっぱり僕の場合は音楽作るとか、思ってる方向に動くのはやめちゃだめだなとより強く思うわけです。こういう話をすぐ出す奴は情に訴えかけてる感じがしてセコいので嫌いですが、やっぱり僕はそこに居なくなってもアイツとかアイツのことは頭のどっかで覚えてますし、昔は仲良かったのに腐ったアイツだとか、逆に昔嫌いだったのに仲良くなった人のことも考えてるわけです。そして顔も姿も知らない人とあたらしく出会う過程を繰り返してるわけです。また、こういう純粋な気持ちでやっている(?)自分を10年後とかに忘れてはいけないなと強く思ってます。
とりあえず音楽作り始めたころからはどっちの意味でも想像つかないようなことばっかりが起きていて、それは今終わらせちゃったら続きは見れないぞと!見れへんぞと!言いたいわけですよ!ハイ!
Jul
31st
Sat
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当初この(音楽的)ポリリズム部分については、Perfumeのレコード会社・所属事務所双方からの反対があった。

まず徳間側からは「音飛びと間違われ不良品扱いされる恐れがある」と難色を示されていたが、中田が「これくらいのことをしなければファンは満足しない」と説得し、徳間側はこれに応じることを決めた。[要出典]

一方、アミューズとしては、「ポリリズム」がNHK環境リサイクルキャンペーンテーマソングに決まっていたこともあって、当初から中田に対して何度も楽曲の様々な部分の修正を依頼していた[3]。

ところが、変更依頼が(音楽的)ポリリズム部分にまで及ぶと、中田は「僕が行きます。行って説明します。」と言って自らアミューズ事務所まで赴き、「今の若い世代はどんどん新しいものを取り入れるから、若い子の音を聴いてそれに合わせるのでは遅い。クリエイター側はそれより先のことを考えて作るくらいでないとダメだ。」 と力説し、(音楽的)ポリリズム部分の変更に異議を唱えた[3]。

それでも、「この(音楽的)ポリリズム部分はテレビでもラジオでもまず流せない」と懸念を示したアミューズに対して、中田は「大丈夫です。(音楽的)ポリリズム部分をカットしたラジオエディットバージョンを作ります。ただ、1曲目はこれで行きたいです。」と応酬し、あくまで(音楽的)ポリリズムを挿入した状態でのシングルリリースを主張した[3]。さらに、「この間奏は長すぎる」とのアミューズ側の反論に対し、「これは間奏ではありません。歌です。(そもそも、間奏とメロディを分離するという発想は間違っていると思う。)」と再反論した[3][4]。

これらの中田の熱意ある説得に折れる形でアミューズも(音楽的)ポリリズム部分を「ポリリズム」に挿入することに同意することになった。[3]

当初、アミューズの意向通り、(音楽的)ポリリズム部分がテレビなどで流されることはなかったものの、やがてテレビやライブイベントなどで披露する機会が増え、NHK紅白歌合戦出場の際にも(音楽的)ポリリズム部分が披露されることとなった。

ポリリズム (Perfumeの曲) - Wikipedia

ystk熱いな。

(via mtakeshi) (via d-d-d) (via land-q-girls) (via word-of-eyes) (via brccolsy) (via petapeta) (via error888) (via extramegane) (via sai75) (via fukumatsu) (via world9-1) (via numabooks) (via yuco) (via rajendra) (via pdl2h) (via kml) (via jinakanishi) (via gkojax) 2009-09-11 (via gkojay) (via takaakik) (via mitaimon)
Jul
20th
Tue
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パルコの一号店が池袋に誕生したのが1969年だというのは象徴的だ。若者の反抗のエネルギーを組織化する。それがパルコ文化だった。既成の文化、ファッションに従うだけでなく、新しい文化やファッションやライフスタイルをつくり出す。そうしたことにパルコは積極的だった。
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なぜパルコはウォールペインティングをしたか。それは公園通りを消費の虚構空間にするためではない。絵描きの息子でもある増田は、絵が好きだったのだ。高校教師をしたこともある増田は、美術や演劇を通して若者を育てるのが好きだったのである。だから美大生にバイトをさせてウォールペインティングをさせた。そうやって若者が街に関与しながら、街が成長していくことを好んだのだ。
 もちろんそうすることでパルコや公園通りのイメージがアップすることも念頭にあったことは間違いない。しかしイメージアップや売り上げアップのための手段として街をつくったというよりも、美術や演劇が好きな若者が集う面白い街を作りたいという気持ちから行われたと言った方がはるかに正しい。
 増田はそういう妄想の人だった。ついでにいえば、渋谷パルコパート1のイメージの原型は何だと思われるか? なんとそれはガウディのサグラダファミリアなのだ。信じられますか。ひどい妄想でしょう? 頭おかしいよね。
 北田も引用している、パルコ出店前、渋谷・区役所通りというさびれた通りを増田と堤が歩きながら、ここはなにかにおうねえと言って顔を見合わせたという逸話は、社員の間では、へそが茶を沸かす笑い話だと思われていた。真っ赤な嘘ではないだろうが、そんなプロジェクトXみたいな逸話はあとからの作り話だろう。
 いずれにしても、そこににおったのは金の匂いではない。おそらく増田は、曲がった坂道の上に教会のあるような街を夢想したのだ。宗教学科出身の増田は夢想家でもあった。そして神楽坂のような、坂があり、路地がある、色気のある街を好んだ。渋谷は元々花街だ。そして坂の街でもある。増田の原風景に訴える街だったのだ。
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ショッピングモールは1年365日24時間全館冷暖房完備の人口空間だ。公園通りのような坂道はない。ひたすら平らで清潔な「道」だ。ナンパをしたり、水商売でのバイトを誘うあんちゃんもいない。本当の都市にある危険で不潔な要素が徹底的に排除されている。
 しかし、不幸なことに、そこには、突然赤ん坊にナイフを突き立てる異常な若者もいる。幼女を連れ去ろうとする若者もいる。そこはリアルな都市の顔をしていないが、実はリアルな都市以上に危険に満ちているのかもしれない。リアルな都市から危険で不潔な要素を排除したバーチャルな空間だからこそ、排除されたものが、そこに復讐に来るのかもしれない。
 だとしたらわれわれはまさにこのショッピングモールをこそ、新しい消費の文化として、いや、解決すべき問題として論じなければならないだろう。
Jun
28th
Mon
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たとえば、わたしが、最悪、
カフェで泣いてしまっても許されてしまう。
でも、たいていの男の子はそれができない。
本当はしたっていいのだけれど、空気と雰囲気がそれを阻む。 男の人たちは、いったいどこで泣いているのだろう。 折れそうな心で強がって、
それでも深く傷ついてしまったら、
大声をあげて、さけびながら泣きたくなったら
どうやって男のひとは泣いているのですか。 わたしたち女子には
とても重要な仕事がある。 わたしたちの、聡明でうつくしい魂を持つ、
かわいいかわいい、
だいすきな男のひとたちすべてを
安心して泣かせてあげられるのは、
わたしたち女なのです。 あたたかい手で背中をさすり、
あたまを撫でてあげ、
自分よりずっと大きなからだを思い切り抱きしめる。 痛みと経験から学び、
流した血の尊さを知る、
強くやわらかな女子の仕事なのだろうと思うのです。
Apr
16th
Fri
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今回のツイッターのドラマが特におかしいことになってたのは、テレビとまったく関係ないやりかたで成長してきた「ツイッター」ってものを、テレビが、テレビの価値観で把握してネタにしちゃったからだと思う。あたりまえの結論でアレなんだけど、まあそれはいつものことか。かつてテレビは、全国の隅々まで「なにがいまいいものなのか」っていう価値観を、全国の隅々まで届ける、ほとんど唯一の媒体だった。だから、あえていやな把握のしたかをするなら、今回のドラマだって、きっとテレビの人たちは、ツイッターっていうものを「見つけてあげた」んだと思う。おまえら何様だよって聞いたら「テレビ様ですがなにか?」って返ってくる。

 かつてはテレビ様の前で人は平伏するしかなかったんだけど、すでにこの世界には「テレビ様wwwww」っていう視点がある。テレビの人たちは、ツイッターがどんなものであるかは調べたかもしれない。そのうえで現実に即しないドラマを作っちゃっていいと思ったのかもしんない。ドラマはある程度は「典型」を視聴者に与えなきゃいけないんだけど、まだこの「典型」は押してけると思ったのかもしれない。

 だけど、その人たちは、きっと「テレビ様すげえ(笑)」っていう視点がネットにあることだけは知らなかったんじゃないかな。仮に知ってたとしても、そんなもん黙殺できるレベルのものだと思ったのかも。

 でもさー、別に俺ら、黙殺されて黙ってる必要もないんだよね。ブログ書けるし、ついったーでなんか言えるし、Ustできるしラジオできるし。「ついったーそんなんじゃねえよwww」って思ったらそう言う。現にそういう声が存在しているっていうのは、ほんとに無視していいほど小さなことなのかな。

 俺にはあんまりそう思えないんだけど。だってネットって、連綿と「どんどん多くの人が声を上げられるように」っていう方向に来てるじゃない。この傾向は、加速することはあっても、ブレーキはかかんないと思うよ。