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Dec
9th
Wed
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ラジオが説得性を持つということは、リスナー獲得の条件だと思います。
説得性をもたない=ひとりよがりな放送と考えていただければ。
音楽番組においても、選曲のセンスがあるかないかで説得性に影響してきます。
習慣性で聞くラジオですから、ただ音楽を流しているだけでも選曲がよければ、放送局の姿勢が見えてきます。
Dec
7th
Mon
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人の悪口を言いたい放題の母親に苦しんでいると
 いう20代の女性。顔をあわせるのも嫌で、思い切っ
 て注意すると「信じられないほど逆上」するとか。
 「どうしたら母に悪口をやめさせられるのでしょう
 か」という悩みに、作家の出久根達郎さんは、こう
 答えます。

      … … … … … … … … … … … … …
      悪口を好む人は、幼い時から自分の長所を認めてもらえ
      なかった不満を持っています。それだから人の良い所で
      なく、欠点だけが目につき、あげつらいたくなるのです。
      願望の裏返しですね。従って、あなたはお母さんのよい
      ところを見つけて、ほめてあげることです。(中略)お
      母さんは自分で自分の欠点を知っています。そこに、も
      ろに触れられると、逆上します。(中略)直したい、と
      本人も思っているのだが、自分でどうしようもないので
      す。きっかけを作ってあげることです。あなたは最適の
      教育者と存じます。〈中公新書ラクレ『出久根達郎の人
      生案内』より

【宅ふぁいる便】厄介な親(大人のお悩み教室)

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Dec
5th
Sat
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35 名無しがお伝えします sage 2009/10/08(木) 09:30:44 ID:46Th62sJ0 
自殺・心中の直接の原因は、『寝不足からくる精神疲労』だ。

これは、自分でも気が付かないうちに、取り付かれる。
次第に、強迫観念や杞憂やネガティブ思考になる。
それに自分でも気が付かず、『こう考えるのは当然だ』と思って見過ごす。
そして次第にノイローゼ気味になる。

これに対抗するには、
①早寝早起き ②食事は3度食べる ③運動をする ④柔軟体操をする
⑤神仏を尊ぶ ⑥勉強を欠かさない ⑦目標を持つ ⑧譲歩する
⑨酒タバコを呑まない ⑩パチンコギャンブルはしない

50億円の借金を抱えて、気にせず元気に生きている経営者を知っている。

地上げが、心中事件を起こしたのではない。
それは一つの要因に過ぎない。
もっと些細なことでも、人は自殺する。
疲れて、寝不足になるから、欝になって自殺するのだ。

くよくよ悩む暇があったら、、飯食って、糞して寝ればいいのだ。
明日は明日の風が吹くのだ。

自殺・心中の直接の原因は、『寝不足からくる精神疲労』だ。 - チラシの裏は真空パック (via 908908)

そうか「わけわかんねぇこと言ってねぇでクソして寝ろ」は最強の「生きろ」なんだな

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Nov
29th
Sun
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ラジオの初期にはコマーシャルというものはなかったが、ニューヨークの放送局が資金稼ぎに時間枠を買った人に好きなことを喋らせることにしたら、不動産業者が売り出し中の宅地の宣伝をとうとうと喋ったのがきっかけでコマーシャルがはじまったという。
Nov
16th
Mon
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橋本治氏が
「戦後日本の国語教育では簡にして要を得た平明な文章を理想としてきたために、人々が書く文章に美しさがなくなってきた」
という主旨のことを言うていて、ああ僕らは教育によって「意味」を過剰視してきたんかもしらんなと思う。 本質だけ、骨格だけ、論理だけ、意味だけを掬い取る練習ばっかりをさせられてきたせいで、それら(=本質とか)が世界で実際に作用しているぶん以上のパワーを持っているものと勘違いしているんだ。きっと。 ひとつの物事に丁寧に取り組むことでしか、意味の周りにある神(※2)に触れることはできないんじゃないかなどと、思うわけである。
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248 名無し職人 : 2008/08/04(月) 22:41:08

今日、団地の公園で子供らを遊ばせつつベンチでくつろいでいると、入り口付近で自転車の前でうずくまっている子供がいた。
ちょっと気になり、向かおうとすると公園の外を若い男性が通りかかり、

男:なんね、どげんしたと?
子:・・・自転車が動かんと。
男:ほーね。ちょっと見せちゃらんね。
子:こいでも、こいでも全然動かんくなっtあせrdfty ←ほっとしたのか、急に泣き出す
男:なんかー。男がこげん事でいちいち泣かんと。ほら、貸してん。
   あー、チェーン外れとるだけやんか。
子:直ると?
男:いっちょん問題なか。ほら、これで動くけん、遊んでこんね。
子:ありがとおー!

男性は油まみれの手を振って子供を見送り、そのまま立ち去っていった。

今じゃ通りすがりの子供に挨拶しただけで問題扱いだが、ああいうやり取りが自然に
出来る環境が本当に大事だなあと2人の息子を見ながらつくづく思う。
若い人が地元の言葉使っているとなんだか嬉しくなるしね。

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著作権法第十六条に「公開の美術の著作物等の利用」が定められていて、好き好んで公衆の目に触れるように作られた建築や美術の著作物については、その権利が制限されています。

同じように、好き好んで人目に晒される商品パッケージに使用される著作物も権利を制限されてしかるべきです。しかし、法はそんな事態を想定していなかったのだと思われます。

ここは「国会図書館のカバー・箱廃棄問題」とも通じています。

戦前から箱や雑誌の表紙に絵が印刷されるケースはあったわけですが、そこにさしたる重きがなかった上に、書評で書影を出すことはほとんどなかったはずです。きれいに写真を印刷しようとすると値段が張るためです(写真印刷の歴史については『エロスの原風景』にも書いた通り)。

ところが、精度の高い印刷が安価で可能になって、表紙にイラストや写真が入れられるようになり、書評で書影を添えることも恒常化していきます。レコード評も同様。どれもこれも写真を入れるようになったのは、1970年代くらいからじゃないでしょうか。

本やレコードに限ったことではなく、広く商品のパッケージに言えることです。さまざまな商品パッケージに著作物が広く使用されるようになることを法は想定していなかったのでしょう。

かつては衣装に著作物がプリントされることなど誰も想像していなかったでしょうが、イラストや写真がプリントされているTシャツが今はありふれています。しかし、著作権法はそれをフォローできていないので、イラストや写真がプリントされたTシャツを着た人物写真を出しても、訴えられたら負けるという理不尽なことになっています。著作権法第四十六条の「屋外の場所に恒常的に設置されているもの」にTシャツは該当しませんし。

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東京出身のミュージシャンは商店街を通り抜けて駅に向かうので (笑) 、地味な服装でレコード会社に来たものです。 一方 地方出身のミュージシャンは小さい頃を知っている商店街のおじさんや、おばさんがいないので派手な格好をして街をうろつくことができます。 その頃、地方出身バンドに 『何でおまえら 私服もそんなに派手なの?』 と質問したら、 『東京に出てくる前に必死に雑誌やTVを見て東京の情報を集めたんです。 情報の中身は六本木とか原宿のことしかなくて、 東京は全部六本木、原宿だと思ったので、負けちゃいけないとこんなに派手になったんだよね。』 (大笑)
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菊池成孔「(ストリップ劇場の踊り子にレイプされかけて)天使的でいることを降りないと、と思って。その瞬間にチックや吃音が治ったんですよ。」(NHK「わたしが子どもだったころ」 2009.11.15放送分)