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20th
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なぜパルコはウォールペインティングをしたか。それは公園通りを消費の虚構空間にするためではない。絵描きの息子でもある増田は、絵が好きだったのだ。高校教師をしたこともある増田は、美術や演劇を通して若者を育てるのが好きだったのである。だから美大生にバイトをさせてウォールペインティングをさせた。そうやって若者が街に関与しながら、街が成長していくことを好んだのだ。
 もちろんそうすることでパルコや公園通りのイメージがアップすることも念頭にあったことは間違いない。しかしイメージアップや売り上げアップのための手段として街をつくったというよりも、美術や演劇が好きな若者が集う面白い街を作りたいという気持ちから行われたと言った方がはるかに正しい。
 増田はそういう妄想の人だった。ついでにいえば、渋谷パルコパート1のイメージの原型は何だと思われるか? なんとそれはガウディのサグラダファミリアなのだ。信じられますか。ひどい妄想でしょう? 頭おかしいよね。
 北田も引用している、パルコ出店前、渋谷・区役所通りというさびれた通りを増田と堤が歩きながら、ここはなにかにおうねえと言って顔を見合わせたという逸話は、社員の間では、へそが茶を沸かす笑い話だと思われていた。真っ赤な嘘ではないだろうが、そんなプロジェクトXみたいな逸話はあとからの作り話だろう。
 いずれにしても、そこににおったのは金の匂いではない。おそらく増田は、曲がった坂道の上に教会のあるような街を夢想したのだ。宗教学科出身の増田は夢想家でもあった。そして神楽坂のような、坂があり、路地がある、色気のある街を好んだ。渋谷は元々花街だ。そして坂の街でもある。増田の原風景に訴える街だったのだ。